間に合ってよかった。
あー、最高なバンドに出会ってしまった。
先日の朝霧JAMで見て以来、東京に帰ってすぐにタワレコに行ってしまったよ。
CD買ってからからずーっと聞いてる。
頭の中でもずーっと鳴ってる。
別に僕が語らなくても、曲で言いたいこと言っているので、特に何も言わないです。
あえていうなら、月並みになってしまうので言いたくないけど、でも言いたいので言いますけど、最高です。
そんな感じです。
言語センスがたまらなく好きだし、なによりイントロのキラキラ感でうれしくなっちゃうし、声もよいし、くせになります。
とりあえず、2017年に生きているみなさんは、なにも言わずに聞きましょう。
前情報なしにライブ見てこんなにハマる感覚は久しぶりでした。
喧嘩上等。
ここ最近、MOROHAが好きだ。
2016年は8回も彼らのライブを見た。
今年もすでに1回見ている。
出会いはATATAとの対バン。
そこでもう虜になって、小さいライブハウス、タワレコのインストア、フェス、様々な場所で見た。
近年まれにみるハマり具合。
MOROHAはいつだって闘っている。
もっと上へ、もっと上へと行こうと。
彼らの戦場は音楽シーン。
小さいライブハウスから大きいライブハウスへ。
CDショップの片隅からお茶の間へまで届けようとしている。
ものすごい上昇志向。
私の戦場といえば、普通のしがない会社員であるので、生活の大半を占めている仕事場が戦場といえる。
しかし、私は別に大きい仕事をしてみたいとか、昇進していって社長になろうとか、起業してやろうとか、そういった大きな野望は正直なところ持ち合わせていない。
日々愚痴をこぼしながらも仕事をこなし、滞りなく大好きなライブやフェスに行って、友人たちと酒を飲む日々があればいい、それだけでいい。
それ以上は望まない。
じゃあなぜ、常に闘っているそんな彼らに私が共感することができ、こんなにハマっているのだろうか。
少し考えてみた。
きっと、共感はしていないと思う。
MOROHAは私と喧嘩をしてくれるのだ。
これが私の語彙の中でしっくりくる言い方かな。
上昇志向はなくったって、落ち込むときやどうしようもなく自分はダメな人間だと思うことはある。
そんな時、MOROHAは私の中の弱い自分をにぶん殴ってくれる。
大言壮語にも見えるようなラップとギターで以って。
それがいい、それでいい。
だって、"偉そうなことばっか言いやがって、畜生ふざけんな。見てろよ。"って思えるくらいのほうが喧嘩のし甲斐があるってもんだ。
2016年、フジロック出演が決まった時、職場でtwitterを見て、もちろん共感する人などいもしないので、一人心の中で震えた。
やっぱり喧嘩相手は強ければ強いほうが挑み甲斐があるからね。
まだまだMOROHAと喧嘩したい。
MOROHAが喧嘩を売ってくる限り、私はその喧嘩を買い続けようと思う。
だから私はこれからもMOROHAを聞く。
もっと大勢の人がMOROHAと 喧嘩できるようになったらいいなってことも思いながら。
MOROHAで一番好きな曲
私を構成する9枚。
巷で流行っている感じの #私を構成する9枚 というのがおもしろそうなのでやってみました。
1枚目。
SUPER BEST/THE BLUE HEARTS
以前にも書いたんですけど、あれは中学1年の時、友達の家に行って聞いた"終わらない歌"を聞いたのが最初で、今までJ-POPしか知らなかった私の価値観を全部ぶっ壊してくれました。
「何だこの歌詞は!」、「これは俺のことを歌ってるんでは!」といって衝撃を受けてその友達の家に行った次の日には、お小遣いを握りしめ、近所のCDショップへと走り出したのでした。
そっからはもう毎日聞いていたので、これが僕の音楽だいすき人生が始まった瞬間といっても過言はないのかなって思っています。
2枚目。
Viva la revolution/Dragon Ash
これは関しても以前に詳しく書きましたので割愛します。
詳細はこちらで。
↓
3枚目。
さんピンCamp/V.A
これも前に書いてますが、さわり程度なのだったのでもうちょっと詳しく。
前述のDragon Ashで日本語ラップのかっこよさを知って、中学校のサッカー部ではやってたので買ってみました。そしたら大ハマり。
言わずもがななんですけど、ECD、四街道ネイチャー、ブッダブランド、シャカゾンビ、YOU THE ROCK、とかもうこれ1枚で大怪我!でした。
ほんと擦り切れるほど聞いて"人間発電所"と"大怪我"は今でもリリックそらで歌えるもんな。ほんとに私を構成している1枚だと思っています。
4枚目。
FREEDOM/B-DASH
中学校3年生になりました。実家の部屋にテレビを置けるようになりました。
受験勉強に伴って、深夜まで勉強しながら息抜きに深夜番組を見るようになりました。
そこで"HANG-OUT"という番組に出会ってしまいました。
これが今にも続く僕の音楽性を決めたのかなと思っています。
何気なくテレビを見ていたら、速くてノリのいいかっこいい音楽が流れてきて、
「おっ、英語の曲か」
と思って聞いていたらテロップ見てまんまと騙されて、適当めちゃくちゃアドリブ語でした。でも、言葉の響きがメロディとよく合っていてすぐにはまりました。
翌日、私はお小遣いを握りしめ、近所のTSUTAYAへ・・・。
当時はカラオケも覚え始め、行ったら大体"炎"とか"Race Problem"歌ってました。選ばれてないけど、SNAIL RAMPの"MIND YOUR STEP!"も大体歌ってました。今でも歌っちゃう。
ブルーハーツでパンクロックへの経口は開いていたので、そこからはもうあれよあれよと当時のインディーズのパンクロックの虜になってゆくのでした。当時はスケボーもやっていたので、速い曲が好きだったってのもあるのかな。
5枚目。
THE LIVING DEAD/BUMP OF CHICKEN
これも中学校3年生の時かな。部活も引退し、受験のために早く家に帰って地元のローカルテレビ局の音楽番組(mutoma JAPAN)を見ていたら、白バックにけだるそうだけど確かに響く声で歌うバンドのPVが流れていて。
その時はちょうどその曲が発売したばかりだから毎日その番組で流れていて、すぐ覚えました。
でも近所のCDショップにはそのバンドのCDがなかったから、当時のダイヤル回線のインターネットでバンドとその曲を調べて、ハイラインレコーズからわざわざ通販してまで買ったなっていう思い出があります。結局、街中のタワレコに置いてあったのでわざわざ通販する必要なかったんですけどね。
その曲は"ランプ"。これは今でも大好きだし、やっぱりこれもそらで歌えるし。